あの日、あの海で

夕暮れがはじまっていた。私たちは橋の途中で車を停め、喪服のジャケットを脱いでから車を降りた。骨壷を手のひらにのせて、深い深いエレベーターを君と二人で降りていく。そこは小さな島だった。海までの道を手を繋いで歩いた。下から橋を見上げると、緑の中の幾何学模様みたいに見えた。

森を抜けると急激に海が広がった。夕日が海に半分落ちて、この世のものとは思えない美しいオレンジ色が燃えていた。

誰も知らないけれど、瀬戸内の海は世界で一番綺麗な海なんだよ。在りし日の父がそう教えてくれたことがある。

骨壷をあけて、私はあの人と自分の手の中に骨をのせた。意外なほど軽いのに確かな質量を主張するかたまりを手のひらに感じる。わたしたちはうなずいて静かにそれを海に返す。白い粉は一瞬で海に同化する。

魚がもっと、ずっと遠くまで運んでくれるよ。

あの人がそう言う。

夕日が沈んでいく。丸く穏やかな島々が点々と浮かび、大きな船がゆっくりと海を渡っていく。私たちはその美しさにしばらく言葉を失ったのち、父と私たちを繋いでいた幽玄をあとにして車に戻った。